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Decision Intelligence とは

2021/01/27
執筆者:
· 推定読書時間 3  分

滋賀大学データサイエンス学部教授で弊社のシニアアドバイザーでもある河本薫先生は、「データ分析でビジネスを変革するとは、意思決定プロセスを合理化することである」とおっしゃっています1

機械学習で意思決定プロセスを合理化するためのコンセプトの1つは Decision Intelligence(以下、DI と省略)と呼ばれています。本ブログでは、DI とその創出効果についてご説明します。

DIで実現する世界

機械学習による意思決定の自動化

人間の意思決定をシステムに置き換えるという試みは以前から行われていました。例えば、80年代のエキスパートシステムに代表されるルールベースエンジンの業務への導入です。ここで実現できる意思決定は形式知化された判断までであり、人間の経験と勘で総合的に判断される暗黙知の意思決定はシステム化できませんでした。

しかし、昨今は機械学習のアプローチが洗練されてきたことを背景に、人間の暗黙知の領域もシステムで実現することが可能となってきました。具体的には、従来のルールベースエンジンに機械学習モデルの予測結果をスコアとして連携することで、あらかじめ定めたしきい値によって意思決定し、暗黙知領域の判断も含めて自動化します。

機械学習による意思決定の高度化

質・量ともに十分なデータがあれば、機械学習モデルを用いて以下の意思決定の高度化を実現できる可能性があります。これらはまさに DI がもたらす価値と言えるでしょう。

  • 人間の暗黙知のようにルールでは難しい判断の自動化
  • 以前は複雑かつ不完全なルールで補っていた判断の補完
  • すでに成熟した業務における意思決定であっても、モデルから得られた新しい視点・知見を用いてビジネス改善のアイデアに繋げる

以降は、DIで実現する世界を保険における引受査定業務を例に挙げながらご説明します。

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図1. Decision Intelligence(DI)の概要

DI によって期待される効果

保険収入向上

DI による意思決定の高度化で、これまでよりもセグメント(リスクグループ)を詳細化することが期待できます。これにより引受条件の緩和やより適切な申込者の引受が可能となり、保険収入の向上が期待できます。もちろん、ここには逆選択のリスクが存在するため、慎重な議論が必要となるでしょう。

また、DI による意思決定の自動化で、引受査定の判断がシステムによってなされ、引受査定結果のばらつきが低減するとともに、判断までの期間が大幅に短縮されます。これにより顧客の離脱率の低下が期待でき、保険加入の増加が見込める可能性があります。

業務効率化

DI による意思決定の自動化で、シンプルな引受判断はシステムで行うことが可能となります。その結果、アンダーライターの業務内容の内訳は変化し、システムで判断できないより高度な申し込みへ注力することが可能となります。
これまでと同じ時間でより多くの引受査定を実施することができるため、業務効率化が見込めます。

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図2. DI による引受査定自動化&高度化の効果

DataRobotによる DI の実現(引受査定の自動化&高度化を一例として)

ここでは、保険業務における引受査定の自動化&高度化を例に、DI の中での DataRobot の活用例について紹介します。

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図3. DI による引受査定自動化&高度化の仕組み

まず、専門知識のあるアンダーライター、データオーナー、分析担当で、DI によって自動化する意思決定の対象を決めます。例えば、保険加入希望者からの申込みに対して、自動で引受判断を行い、引受、条件付引受、追加審査、謝絶という意思決定を割り当てるとします。追加審査に振り分けられた申込は人間(アンダーライター)が処理し、それ以外は機械が自動で処理するようにします。今までは人間が判断していた引受、条件付引受、謝絶ではケースによっては機械が判断できるようになります。

次に、引受、条件付引受、追加審査、謝絶という最終判断をするためのサブ判断を洗い出します。例えば、現在治療中か、完治して1年以上経過しているか、発病するか、病気が重症化するか等、様々なサブ判断があります。

最後に、これらのサブ判断をルールで処理するか、機械学習で処理するかを決めます。現在治療中か、完治して1年以上経過しているか等、必ず従わなければならないコンプライアンスや会社の方針に関する判断はルールで対応します。発病するか、病気が重症化するか等、専門家の経験に頼っている判断は機械学習に適しています。

このように、最終判断とサブ判断ロジックを明確化すると、自然と必要となるデータが見えてきます。判断ロジックと必要なデータが準備できたら、ルールエンジンと機械学習モデルの構築に進みます。これまで使用していたビジネスルールでの判断ロジックに、機械学習によるスコアをもとにした判断を加えることで、既存の判断ロジックよりも精度良くまた幅広く自動判断する事ができるようになります。

それでは、DataRobot による重症化判断の例として、保険申込者が将来糖尿病の重症化によって入院するかを予測する機械学習モデルの構築について見ていきましょう。

予測ターゲットとデータについて

この仮想ユースケースにおける予測ターゲットは、ある保険申込者が将来糖尿病の重症化によって入院するリスクです。機械学習モデルを構築するために糖尿病患者のデータを利用します。1つのレコード(1行)が1人の糖尿病であると告知した申込者です。ターゲットを予測するために準備した特徴量は、申込者の属性情報、通院・入院情報、医師の診断情報、処方薬情報などです。DataRobot は、これらの特徴量から、入院するかをを予測するために役立つ関連パターンを抽出します。

実際には、重症化予測モデルだけではなく、対象となる商品の判断ロジックに応じて、発病予測や死亡予測また請求予測等、複数のモデルを構築します。これらのモデルが出力したスコアはビジネスルールエンジンに入力され、個々の申込者を引受けるべきかの最終判断がなされます。

モデル構築

DataRobot Automated Machine Learning(以下 Auto ML) では、データの前処理/EDA、特徴量エンジニアリング、複数のモデルの学習とチューニング、など多くの作業が自動化されています。最適なモデルを見つけるために、大量のモデルをコーディングして手動でテストする必要はありません。Auto ML は大量のモデルを自動で構築し、最も精度の良いモデルを高速で探し出します。モデルの学習だけでなく、データの前処理や分割といった、モデリングプロセスに含まれる他のステップも自動化されています。

また、Auto ML の特徴量のインパクト特徴量ごとの作用予測の説明などの機能を確認することで、重症化するリスクのある糖尿病患者さんをどのような根拠で判断しているのかを検証できます。DataRobot の詳しい利用方法や、自動化に組み込まれているデータサイエンス手法については、こちらをご覧ください。

意思決定のための閾値最適化

モデルの予測結果を意思決定に変換するため、Auto ML では、申込者が入院するかどうかを判定する最善のしきい値を決定できます。たとえば、偽陽性を最小化したい場合は、しきい値を高めに設定でき、偽陰性を最小化したい場合は、しきい値を低めに設定できます。 

モデルのデプロイ&監視

DataRobot Auto ML で構築したすべてのモデルは、API、バッチスクリプト、ダウンロード、またはドラッグアンドドロップですぐにデプロイできます。 

この仮想ユースケースでは、予測結果を API 経由でデプロイし、自動的にルールエンジンに送信します。そしてルールエンジンで他のモデルやビジネスルールのアウトプットと統合し、最終判断をします。(詳しくは後述の「アーキテクチャー」をご参照ください)

モデル作成者は、DataRobot ML Opsで、入院予測モデルを監視して、データドリフトが一定のしきい値に達した場合にモデルを再トレーニングします。データドリフトとは、学習時のデータの分布と予測時のデータの分布が変わった時に発生する現象で、予測精度が低下します。

意思決定の監視

エグゼクティブは、判断ロジックの結果を視覚化する KPI ダッシュボードを監視します。例えば、SFA ツールで、申込者の引受件数を追跡し、判断ロジックを改善する方法をアンダーライターや分析担当者と毎週話し合います。

引受部門のマネージャーは、意思決定ダッシュボードを監視すると同時に、アンダーライターやエグゼクティブから情報を取得して、判断ロジックの良し悪しを調査します。たとえば、アンダーライターからは引受判断が妥当だったかどうか、エグゼクティブからは引受率が予想の範囲内だったかどうかについての情報を得ます。こうした情報に基づいて判断ロジックを毎週更新します。

導入のリスク

判断ロジックは、データではなく、ビジネス目標に基づいて構築されるべきです。プロジェクトは、ビジネスユーザーがビジネスプロセスを改善する判断ロジックを構築することから始まります。判断ロジックが準備できれば、真のデータニーズが明確になります。データからのアプローチで進めると、実運用まで進めず、PoC で終わってしまう可能性が高くなります。

DI アーキテクチャー

保険会社を含む金融機関の多くがすでにルールベースエンジンを採用しています。このルールエンジンに DataRobot による機械学習モデルの予測値を API で連携することで既存システムを活かしながら DI を実装することができます。

ビジネスルールと機械学習を稼働中の基幹システムに統合することは容易ではありません。ビジネスルールと機械学習モデルは頻繁な更新が必要です。そこで、ルールエンジンと機械学習を外部化し、判断ロジックや機械学習モデルのアウトプットをモニタリングすることにより、判断ロジックを頻繁に改良できるようにします。ルールエンジンと機械学習を基幹システムに統合すると、改良のたびに基幹システムの変更が必要になるため、判断ロジックの更新が困難になります。

また、多くの基幹システムが度重なる改修により複雑化していますが、この実装アプローチならば、実装時のコードの修正やシステムの更改は最低限に留めることができ、現実的かつコストを抑えたモダナイズが実現できるでしょう。

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図4. DI によるアーキテクチャーの全体像

最後に

DI は成熟した保険ビジネスを大きく改善する可能性のあるコンセプトです。ただし、機械学習モデルを導入し、判断を自動化するという試みには一定のリスクが存在します。検証アプローチを整備し、リスクをコントロールしながら、まずは取り組む姿勢が非常に重要です。

同時に、MLOps を整備しコンセプト/データドリフトの検知と再学習のプロセスを組み上げていくことが DI を加速させる大きな一因となるでしょう。当社調べによると、先進的な取り組みを行う保険会社からは DI の導入事例が出てきています。

今回は保険会社の引受査定業務を例に DI 導入をご紹介しましたが、このコンセプトは営業/マーケティング、審査、支払いといった業務で活用することが可能です。バリューチェーンに DI を導入することができれば、ビジネスのあり方を変え、経営に資するインパクトが期待できるでしょう。

DataRobot Pathfinder では、マーケティングのネクストベストオファーとして、保険申込者に対する特約などの個別レコメンドを DI で実施する事例をご紹介しています。こちらも是非ご参照ください。

参考文献

[1] 河本 薫 (2013) 会社を変える分析の力 (講談社現代新書)

ソリューション
保険業界がいかに DataRobot を活用しているか
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執筆者について
平田 泰一(Yasukazu Hirata)
平田 泰一(Yasukazu Hirata)

DataRobot AI サクセスマネージャー

DataRobot では主に金融業界のお客様を支援。あわせて、審査における意思決定を自動化する Decision Intelligence の開発も行っている。前職は外資系コンサルティングファームにて業務改革支援や大規模 SI プロジェクトに従事。

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坂本 康昭(Yasuaki Sakamoto)
坂本 康昭(Yasuaki Sakamoto)

データサイエンティスト

DataRobot データサイエンティスト。2005年にアメリカの大学にて認知科学博士号取得後、教授職時代にデータサイエンスプログラムの立上げを経験。2015年に日本に戻り、保険会社で AI の応用に従事。2017年から DataRobot のデータサイエンティストとして金融業界のお客様をサポート。

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