はじめに
DataRobot で保険業界のお客様を担当している AI サクセスマネージャーの平田です。
先日、大手生命保険会社であるエヌエヌ生命は、DataRobot を使って引受業務(アンダーライティング)の自動化に取り組むというプレスリリースを発表しました。実現すれば、これまで2〜3日かけていた引受業務を数分に短縮し、保険加入者へより迅速に保険商品を届けることができるとのことです。また、損害保険会社に目を向けると、チャットボットやAIによる不正検知などを実装することで業務の自動化を進め、わずか90秒で審査を完了する米国のレモネードのようなスタートアップも現れています。
引受業務の自動化はエヌエヌ生命だけではなく、世界中の保険会社が注目し実現に向けて動き出しています。マッキンゼーのレポート(英語)を参照すると、保険会社の経営者は AI による変化の要因を理解し、保険のバリューチェーンをどのように再構築していくかを理解する必要があると提言しています。さらに AI に対する理解こそが、ここから数年先の保険会社の成功に必要な組織、人材、テクノロジー、カルチャーの創造に着手できる土台を作ると主張しています。私もこの意見には概ね同意します。日々、様々な保険会社の方々とお話させていただく中で、機を見るに敏な推進者の方々はこれらのテーマを保険ビジネスの重要課題と捉え、具体的な取り組みを始めていらっしゃることを肌で感じております。
では実際に AI によってどのような変化が想定されるのでしょうか。本稿では代表的なユースケースを交えながら、特にアンダーライティングとアンダーライターの将来像の描写にトライしてみましょう。
保険業務の変革
保険業務における意思決定の多くは AI 活用によってデジタルな意思決定へと移行可能です。契約情報、査定情報、支払情報などのデータと AI モデルを用いれば、セールス(営業)、アンダーライティング(引受)、プロダクト(商品設計)、クレーム(請求/支払)といった業務上の意思決定を自動化・高度化することができます。これが保険会社の AI 活用の基本的なアイデアで、これらを早期に精度高く業務に実装させることに成功した保険会社から、顧客に提供する保険商品、サービスやその体験の質を大きく変えていくことでしょう。以下に代表的なユースケースを部門別に見ていきます。
セールス
代理店販売、ダイレクトを問わずクロスセル、アップセルを AI によって実現可能です。
例えば、募集人が見積もり希望者との対話中に手元のタブレットに必要情報を入力すると、瞬時にお客様の家族構成や生活スタイル等の各種属性に基づきおすすめすべき特約や追加の保険商品の提案を表示することができます。募集人は AI の提案を参考に提案することで経験以上の成約率を期待することができます。ダイレクトであれば人間を介さずに完全に自動化された提案を行うことができるでしょう。
アンダーライティング
引受業務は、加入を希望する方の情報を査定基準に照らし合わせて精査しながら、的確にリスクを分析し、保険加入の可否を判断するという重要かつ保険会社の根幹ともいえる業務です。ルールエンジンの導入により、明示的な条件における精査の支援はすでに実装されていますが、引受業務全体から考えると一部に留まっています。AI を導入することで、アンダーライターの暗黙知による意思決定の一部を自動化・高度化することが期待できます。
例えば、生命保険への加入査定時に、加入希望者の告知漏れ、疾病、大病などのリスクを それぞれのAIモデル で予測します。予測した結果をスコアリングし、ルールエンジンを組み合わせることでこの仕組を実現するのです。
プロダクト
新たな商品を設計する際、マーケット・リサーチによって顧客のニーズを探ることから始まります。調査結果を基に設計された保険商品はアンダーライターやアクチュアリーのレビューを受けながら、適切にリスクコントロールし商品化していきます。このように保険商品の設計は、データに基づくマーケット分析やリスク分析が主たる手法であり、これらの分析は AI によってより高度に実施することができます。
例えば、従来よりも詳細なセグメンテーションを行うことで新たなリスクグループを発見したり、想定するペルソナの加入後の経過を予測することでリスクコントロールの確からしさを見極めることができます。
クレーム
請求のあった加入者に迅速に正しく保険金を届け、元の状態にいち早く戻すという重要な業務を担っています。この領域でもさらなる顧客体験の改善を目指してAIの活用が進んでいます。
例えば、保険契約者からの請求が保険会社に提出された際に、その請求内容から、約款及び過去の支払い実績を照らし合わせて、適切な補償金額をAIを使い算出し、なるべく早くお客様に保険金を支払う、という取り組みを試行する保険会社が増えてきております。また、不正請求の検知には、AI を活用することで、より低コストで正確な不正請求判断を行うことができる可能性があります。請求時の審査対象をAIによって予め選別することで、人が審査する対象数の削減を目指します。究極的にはAIの判断に基づき、請求に対して自動で支払いすることも可能です。すでに多くの企業がこの分野でのAI実装に取り組んでおり成果をあげています。
未来のアンダーライティング
元々アンダーライターは、保険加入者のプロフィールや外部データなどの様々な情報を活用する志向があり、かつ経験によって引き受け業務の複雑なパターンを見抜くスキルを持っています。AI による意思決定の自動化・高度化を実践する資質を持つ存在と言えるかも知れません。そのようなアンダーライターの仕事はテクノロジーの活用によって大幅に進化する可能性があります。一言で言うならばその姿は Underwriter as decision scientist(意思決定を科学するアンダーライター)といえます。以下にこれらを引き起こすアンダーライティングのトレンドをみていきましょう。
「後知恵」から「予測」へ
これまでは引き受けた加入者に対して時間の経過とともに保険を必要とするイベントが発生し、事後的に評価されるという「後知恵」の世界でした。これからは、データの蓄積が進み AutoML などの登場で AI 活用のハードルが下がったことにより、高精度な AI モデルを自社で構築しながら人間から AI への意思決定の代替あるいはサポートが進むと予想されます。引受業務は査定そのものを行うのではなく、「予測」に基づいてシステムで意思決定がなされる状況をリアルタイムにモニタリングし、リスクの状態を見極める役割へと変化すると考えられます。
ディシジョンサイエンスがより重要に
世の中の変化のスピードは速くなる一方であり、既知のルールや経験則は早々に廃れてしまう可能性があります。
市場が生み出す新しいリスクやリスクキャパシティの変化に応じて、提供する保険商品の補償内容や価格の調整を必要とします。アンダーライターがこれらに対処するためには、リスクモデルの異常をいち早く検知し、引受業務の知見とデータを使って市場とのギャップを読み取った上で、新たなリスクに対応した保険商品の設計や、保証内容の拡充、適切な価格調整をアクチュアリーと共同で実施できるスキルが必要となります。その際、アンダーライターは従来の引受に関する知見に加え、IT に明るく、データサイエンス(統計や機械学習)の素養を持ち合わせたディシジョンサイエンティストのスキルセットが必要となることは確実です。
リスクの多様化への対応
テクノロジーの加速的な発展を受け、世界中のあらゆる活動はアップデートされて続けています。それによってリスクも進化しています。また、健康関連データ、運転情報、位置情報、センサーデータ、などあらゆる活動のデータも爆発的に増えており、今まで以上にリスクを詳細に分析し、それによって多様な保険商品を生み出していかなければ競争力の維持が難しい世界となるでしょう。保険会社は顧客に提供する保険商品や業務プロセスが陳腐化しないように常に新しいテクノロジーを採用し、それらを受け入れるマインドと組織文化を醸成していく必要があるでしょう。その際、アンダーライターは社内で変革の指揮をとるコアメンバーとなりえます。なぜなら将来的にはテクノロジーを活用しながら顧客と保険ビジネスを深く理解し、収益やリスクといった多方面に提言を行うことができる唯一の存在だからです。
例えば、営業チームとクロスセル・アップセルのルール作りに関してデータ分析に基づいた提言をし、クレームチームとは不正請求検知のケースについてディスカッションを行います。そして、様々なリスクグループをアクチュアリーと共に発見することで新しい商品開発をプロダクトチームと議論します。
未来のアンダーライター像
前項で見てきたアンダーライティングに対応するために、アンダーライターはどのようなスキルセットが必要となるのでしょうか。研究レポートから見えてくるのは3つの未来のアンダーライター像です。DataRobot によってこれらのアンダーライターがどのように業務を遂行するのか検討してみましょう。
データサイエンス型
データ分析のスペシャリストとして、BI や AI を使いこなすスキルを身に着けたアンダーライターの姿です。ルールと AI がアンダーライティングを実行し、高速に意思決定が行われる様子をアンダーライターは MLOpsのダッシュボードを使ってリアルタイムでモニタリングします。そして、引受結果や自社の抱えるリスク量に異常や課題を確認した場合、モデルの精度を確認し、チャレンジャーモデルを使用して他モデルの選択肢をシミュレーションします。必要に応じて、新たなデータや特徴量を追加し、AutoML で速やかにモデルの再学習とデプロイを実行します。モデルの説明は格付表やコンプライアンスドキュメントを用いてリスク部門などの他部門と合意形成を進めます。
また、ルールや AI では判断ができないかなり複雑なケースはシステムからの通知に従い、熟練したアンダーライターが自らの手が審査することで引受のリスクをコントロールしていきます。
ビジネス型
本質的なアンダーライターの価値をより引き出した姿です。従来のスキルセットの中でも商品ポートフォリオの分析、示談の交渉、再保険会社との交渉、訴訟を抑制するための適切な対応などは、AI では対応することが難しい非常に複雑なものです。ここに豊富な経験と幅広い知見を持った優秀なアンダーライターが必要となります。アンダーライターがこのように働くためには、DataRobot の AI プラットフォームを活用し業務を効率化・高度化し、大きく変えていくことが必要です。
コンサルタント型
アンダーライターがデータ分析のスキルと自身の経験値と掛け合わせることで、社内の各部門を支援するコンサルタントとなった姿です。アンダーライターは顧客の情報に最も多く触れることができ、かつ引受審査を通して複雑かつ多様なルールを発見しその知見を蓄積しています。これまでこういった知見は暗黙知として他部門での活用は難しいものでしたが、AI を活用することによってコラボレーションが可能となります。例えば、リスク管理チームとDataRobot の特徴量のインパクトや特徴量ごとの作用を用いてディスカッションを行い、リスクを管理に実務の視点を提供することができます。また DataRobot を同様に用いて、セールスアドバイザーとして、クロスセルやアップセルのキャンペーン設定に知見を提供します。クレームチームとは、不正請求に関するディスカッションで貢献することができるでしょう。
DataRobotの活用
[AutoML 特徴量のインパクト]意思決定モデルにどういった特徴が効いているかを確認しつつ、新しいルールの整備やモデルのチューニングを行う
[AutoML 予測の説明] 保険申込者に対して謝絶 / 引受などの判断を行った理由を個別に確認することで AI 判断のヘルスチェックを行う
[MLOps]アンダーライターが各モデルに異常(ドリフト)が発生していないかを確認する
AI 活用に向けて
AI の先行者利益を理解する
AI の先行者利益は他のテクノロジーに比べて格段に大きいと言われていますが、大きく2つの理由があります。
1つ目は、独自データの蓄積にはある程度時間が必要になる点です。AI モデルの精度を向上させ、他社に対して競争力を得るには自社独自の AI モデルに必要なデータを定義し、蓄積することが重要です。独自データと言葉にするのは簡単ですが、そもそもどんなデータを集めるべきなのか?という大きな問いが存在しますし、一筋縄では行きません。どうしても試行錯誤しながら重要なデータを見出し、それらを時間をかけて蓄積していくことが必要となるため、まさに早く始めれば始めるほど有利であると言えます。
2つ目は、AI 活用人材の育成にもある程度時間がかかる点です。AI を活用して利益を生み出すためには、上述のアンダーライターを始めとして「AI リテラシーの高い業務専門家」を育成していく必要があります。自社独自のビジネス知識を活かしながら AI を活用できる人材が必要となりますので、当然市場からの調達だけでは成し得ません。自社独自の人材育成定義や育成スキームを磨きながら、経験豊かな社員の方々のアップデートが必要となるでしょう。
どこからはじめるべきか
ユースケースの優先度を決める一つの方法は、実現性とビジネスインパクトで評価し、優先順位をつけて進めることです。最も優先すべきは実現性が高く・ビジネスインパクトが大きいものです。ただし、実現性が高く・ビジネスインパクトが小さいものも組織構築や人材育成を目標にすれば優先度を上げるべき対象となり得ます。
保険業界においては AI 活用はすでにスタンダードとなりつつあり、ユースケースの実現順序もある程度セオリー化されてきています。弊社がお客様にご提案する場合は、まずセールスでクロスセル、アップセルのユースケースに取り組み、AI 実績を作り上げることを最初のステップとしています。その後、コア業務であるアンダーライティングやクレームのユースケースに着手することでより本質的なビジネス変革を推進するアプローチです。このアプローチのメリットは AI 実績を早期に実現しつつも、リスクを抑制しながら自社独自のノウハウを蓄積できる点です。これによってより大きく、広い範囲に AI 活用を推進していくことができます。次回は2021年12月頃にアプローチの詳細についてご紹介する予定です。
まとめ
本稿では AI によって保険業界のビジネス、特にアンダーライティングがどのように変革されていくのかを考察しました。すでに多くの保険会社が取り組みを始めていますが、先行者利益を獲得し、新たな時代の保険ビジネスを遂行するためにもAIを活用した変革への取り組みは待ったなしと言えるでしょう。DataRobot は AI を活用して時代に求められる保険をお客様へ提供し、より良い顧客体験を提供しつづけるために努力を重ねている保健業界のお客様のビジネス変革を強力にサポートします。
メンバー募集
DataRobot では AI の民主化をさらに加速させ、金融、ヘルスケア、流通、製造業など様々な分野のお客様の課題解決貢献を志すメンバーを募集しています。AIサクセスマネージャ、データサイエンティスト、AIエンジニアからマーケティング、営業まで多くのポジションを募集していますので、興味を持たれた方はご連絡ください。
【参考文献】
[1]The rise of the exponential underwriter, Deloitte Insights
https://www2.deloitte.com/us/en/insights/industry/financial-services/future-of-insurance-underwriting.html
[2]Insurance 2030—The impact of AI on the future of insurance, McKinsey
mckinsey.com/industries/financial-services/our-insights/insurance-2030-the-impact-of-ai-on-the-future-of-insurance
[3]The future of underwriting A transformation driven by talent and technology, EY
https://assets.ey.com/content/dam/ey-sites/ey-com/en_us/topics/financial-services/ey-the-future-of-underwriting.pdf?download
[4]THE UNDERWRITER OF THE FUTURE Understanding rapid transformation on the road to 2027, Oliver Wyman
https://www.oliverwyman.com/our-expertise/insights/2018/mar/the-underwriter-of-the-future.html
[5]What the future underwriter will look like
https://www.canadianunderwriter.ca/insurance/what-the-future-underwriter-will-look-like-1004204436/
[6]The underwriter of the future Six years on, Oliver Wyman
https://www.cii.co.uk/media/9223816/the-underwriter-of-the-future_web.pdf
[7]Enabling the future of underwriting, KPMG
https://assets.kpmg/content/dam/kpmg/us/pdf/2017/05/enabling-the-future-of-underwriting.pdf
プラットフォーム
AI 主導型の保険会社になる方法をご確認ください
もっと詳しく
執筆者について
平田 泰一(Yasukazu Hirata)
DataRobot AI サクセスマネージャー
DataRobot では主に金融業界のお客様を支援。あわせて、審査における意思決定を自動化する Decision Intelligence の開発も行っている。前職は外資系コンサルティングファームにて業務改革支援や大規模 SI プロジェクトに従事。
平田 泰一(Yasukazu Hirata) についてもっとくわしく
坂本 康昭(Yasuaki Sakamoto)
データサイエンティスト
DataRobot データサイエンティスト。2005年にアメリカの大学にて認知科学博士号取得後、教授職時代にデータサイエンスプログラムの立上げを経験。2015年に日本に戻り、保険会社で AI の応用に従事。2017年から DataRobot のデータサイエンティストとして金融業界のお客様をサポート。
坂本 康昭(Yasuaki Sakamoto) についてもっとくわしく