通信業界におけるAI活用 | データの特性や導入課題、生成AIの活用など

2024/06/03
執筆者:
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DataRobotで通信・小売・人材業等のお客様を担当しているAI サクセスディレクターの城 賢一郎です。

本記事では、AIと機械学習の通信業界にもたらす影響や重要性、通信業界における生成AIのポジション、そして将来の展望について詳しく掘り下げて解説します。

通信業界におけるAIの重要性

通信業界は、顧客データや通信トラフィックログなど膨大なデータを保有しているため、AIの活用が非常に重要です。AIはこれらのビッグデータから価値あるインサイトを抽出し、顧客ニーズの理解や新サービス開発を支援します。また、AIは作業の自動化やネットワーク運用の最適化、障害予測にも貢献し、安定した通信サービスの提供に役立っています。

AIの進化と通信業界への影響

次に、AIの進化に伴い、通信業界に与えた影響について解説します。特に大きな影響は、以下の2点です。

  1. AIの業務浸透
  2. 生成AIの活用

影響1:通信業界におけるAIの業務浸透

通信業界におけるAIの業務浸透は、主に予測分析による高度な意思決定支援が中心となっています。AIの高い計算能力によって、通信企業が保有する膨大な顧客データや通信トラフィックログから将来を予測することが可能になっています。具体的には、顧客の行動データや利用パターンを分析し、退会リスクの高い顧客や新サービスに反応する顧客層を予測して、マーケティング施策を最適化しているケースです。また、ネットワークトラフィックデータをAIモデルに学習させ、障害の予兆を事前に検知したり、トラフィックの変動を予測して通信リソースを動的に割り当てるなど、ネットワーク運用の最適化と障害予防に活用されるケースもあります。さらに、通信設備の故障予測モデルを構築し、メンテナンス計画の立案を支援するなど、AIによる予測分析は通信サービスの品質と安定提供に大きく貢献しているのです。

ユースケースー通信業

影響2:通信業における生成AIの活用

日本の通信業界では、ほとんどの企業で生成AIの利用が進んでいます。これには、社内コミュニケーションの効率化を目指したものがあげられます。また、今後顧客サービスの向上などを含めたweb上のAIチャットボットやコールセンターへの導入により、顧客からの問い合わせに迅速かつ効果的に対応し、顧客満足度の向上に寄与することが期待されています。

日本の大手通信企業4社(NTTKDDIソフトバンク楽天)は自社内での活用にとどまらず日本語特化LLMの提供に乗り出しています。これは、あらゆる産業への生成AIソリューションの導入を支援し、デジタルの社会実装の実現を目指すためでもあります。また、とある通信企業では社員によるイノベーションの促進を目的としたAI関連のアイディアコンテストが行われ、新たなサービスの開発も目指しています。

通信企業は非常に多くの顧客を有しており、豊富なサービスを展開しています。そのため顧客に適したサービスをレコメンドすることは、通信企業において非常に重要です。予測AIをターゲティングで活用する事例はこれまでも多くありましたが、今後はパーソナライズしたターゲティング、生成AIによる顧客に適した文面の生成によりターゲティングを効率化・高度化することに生成AIは活用されていくでしょう。

通信業界のデータ特性と安全な活用法について解説

データの特性

通信業界では、顧客基盤の拡大と通信サービスの高度化に伴い、これまでにない規模の膨大なデータが生み出されています。このデータには、顧客の通信利用パターン、接続端末の種類と利用状況、ネットワークのトラフィック量やパフォーマンス、利用されるアプリケーションの種類など、様々な形態のものが含まれています。この膨大で多様なデータこそが、顧客ニーズの理解や新サービス開発、業務プロセスの改善など、通信事業者が競争力を高めるための重要な資源となっています。

具体的なデータの種類を見ると、顧客に関するデータでは、契約情報、利用プラン、支払い履歴などがあります。端末に関してはその機種、OSの種類、利用状況、位置情報などのデータが存在します。また、通信ネットワークの利用データとして、通信量、接続時間、利用場所なども収集されています。これらのデータは、単独で活用されるだけでなく、相互に組み合わせることで、よりディープな分析が可能になります。

そして重要な点は、これらのデータがほぼリアルタイムで収集・分析される点です。これにより、通信事業者は顧客の行動変化や市場の変化を機敏に捉え、適切なタイミングでサービス提供やマーケティング施策を展開することができます。ネットワーク運用面でも、リアルタイムでの問題検知と対応が可能になります。

さらに、通信事業者は保有するデータを基に、通信サービス以外の決済、Eコマース、エンターテイメント、金融などの経済圏ビジネスにも事業を広げています。こうした新規分野への展開は、お客様データの深い理解と分析なくしては実現できません。

データの保護

一方で、通信業界のデータ利用には、プライバシー保護の観点から様々な規制があります。電気通信事業法、個人情報保護法、通信の秘密保護法など、複数の法令により、利用者データの収集・利用のルールが定められています。通信事業者には利用者の同意取得や収集データの適切な管理・保護が義務付けられており、電気通信事業者向け個人情報ガイドラインやIoTセキュリティガイドラインなどの指針にも従う必要があります。

近年では、データ利用に伴うプライバシーリスクへの懸念から一層の規制強化が進んでおり、2023年12月にはデータの収集・利用について利用者の同意を原則必須とする電気通信事業法改正案が閣議決定されました。通信業界がデータを活用しつつ、利用者のプライバシーを保護し、サービスの信頼性を維持していくためには、こうした法的枠組みの遵守が不可欠となっています。

AIが通信業界に生み出すシナジー

通信業界において、AIは以下のようなシナジーを生み出しています。

  1. 売上の向上
  2. 顧客体験の向上
  3. 運用の効率化
  4. セキュリティの強化
  5. 新しいビジネスモデルの創出

シナジー1:売上の向上

AIによる顧客行動の予測分析は、ターゲットマーケティングの精度を高め、クロスセルおよびアップセルの機会を創出します。通信事業者は、顧客の利用パターンや購買履歴に基づいて、次に購入する可能性の高いサービスやプロダクトを推測し、適切なオファーを提供できます。このようなパーソナライズされたアプローチは、顧客ロイヤリティと売上の両方を増加させます。

シナジー2:顧客体験の向上

AIを活用することで、通信事業者は顧客の行動パターン、好み、そしてニーズを深く理解できるようになります。顧客データをリアルタイムで分析し、個別の顧客に最適化された通信プランやサービス、カスタマイズされたマーケティングメッセージを提供できます。AI駆動のチャットボットや音声認識技術による自動化された顧客サービスは、24/7の高品質な顧客サポートを実現し、顧客満足度を大幅に向上させます。

シナジー3:運用の効率化

AIは通信ネットワークの運用管理においても重要な役割を果たします。これらの技術を用いてネットワークトラフィックをリアルタイムで監視し、パフォーマンスの低下を予測し、障害を事前に検知することができます。また、ネットワークの自動最適化により、リソースを効率的に割り当て、運用コストの削減とサービス品質の向上が実現します。

シナジー4:セキュリティの強化

AIをセキュリティシステムに統合することで、通信事業者はサイバー攻撃や不正アクセスをリアルタイムで検出し、迅速に対処することが可能になります。これらの技術は、通常のパターンからの逸脱を学習し、未知の脅威を識別する能力を持ち、通信ネットワークおよび顧客データの保護を強化します。

シナジー5:新しいビジネスモデルの創出

AIは通信事業者に新たな収益源を提供します。例えば、データ分析サービスの提供、AIを活用したスマートシティプロジェクトへの参加、またはIoTデバイス向けの高度な通信ソリューションの開発などが挙げられます。これらの新しいビジネスモデルは、事業者が新たな市場を開拓し、長期的な成長を実現するための基盤となります。

通信業界におけるAIの課題

前述した通り、AIは通信業界において多くのシナジーを生み出す存在です。しかし通信業を展開する企業でAI活用をする際、以下のような課題があることも忘れてはいけません。

  1. 技術的な制約と実装の複雑さ
  2. AIガバナンスとデータ倫理
  3. AI人材確保と育成
  4. レギュレーションとコンプライアンス

課題1:技術的な制約と実装の複雑さ

AI技術の実装は、その複雑さと技術的な制約によっても難しい課題となっています。AIシステムは高度な計算能力と大量のデータを必要とし、これを実現するためのインフラストラクチャは高いコストと専門知識を要求します。また、既存のネットワークシステムとの統合や、AIシステムの維持・管理には継続的な努力が必要です。

課題2:AIガバナンスとデータ倫理

AIの倫理的側面は非常に重要です。AIシステムが適切に設計・運用されていないと、データの偏りによる差別や個人のプライバシー侵害など、様々な倫理的リスクが生じる可能性があります。通信業界では、顧客データを大量に扱うため、AIガバナンスの構築が不可欠です。具体的には、AIシステムの透明性と説明責任、公平性と非差別、プライバシー保護、セキュリティ対策などのルール策定と運用体制の整備が求められます。また、AIシステムの監査や第三者による倫理審査なども重要なプロセスとなります。倫理的AIの実現に向けて、業界全体で取り組む必要があることを説明するとよいでしょう。

AIガバナンス組織体制構築

課題3:AI人材確保と育成

AIを実装し続けるには、データサイエンティストやAI/MLエンジニアなどの専門人材が必須です。しかし、国内ではこうした人材が慢性的に不足しています。通信業界でも、AIプロジェクトの遅延や中断につながるリスクがあります。この課題に対し、社内の人材育成はもちろん、産学連携による人材育成プログラムの推進、優秀な外国人材の受け入れ促進など、様々な施策を打つ必要があります。また、AIのリテラシー向上のため、経営層から現場に至るまであらゆる階層で教育を行うことも重要でしょう。

課題4:レギュレーションとコンプライアンス

通信業界は、国ごとに異なる法規制のもとで運営されています。AI技術の導入に伴い、これらの法規制に準拠することがさらに重要になります。特にデータ保護法やプライバシーに関する規制は、AIを用いたデータ処理に大きな影響を与える可能性があります。業界は、技術的な進歩と法的要件のバランスをとることで、持続可能で責任ある方法でAIを活用する方法を模索する必要があります。

ここまで通信業界におけるAI活用について、課題やメリットを含めて解説してきました。これらを踏まえた上で、DataRobotが考える「通信業界におけるAIの未来」をご紹介します。

DataRobotが考える「通信業界におけるAIの未来」

ネットワークの自己最適化と自己修復によりサービス品質が向上する

AIは、通信ネットワークの運用においてより高度な自己最適化と自己修復能力をもたらします。これにより、ネットワークはリアルタイムでトラフィックの変動に応じてリソースを動的に調整し、障害を自動的に検出して修復できることが期待されます。結果として、ダウンタイムが削減され、エンドユーザーに対するサービス品質が格段に向上します。

次世代通信とAIの融合で革新的なサービス&ビジネスモデルが誕生する

5GとAIの融合は、通信業界の未来を大きく変革する潜在力を秘めています。5Gの高速大容量通信は、AIモデル開発に必須の大規模データ収集を促進します。さらに超低遅延性により、クラウドからエッジデバイスにAIモデルをリアルタイム転送できます。この特性を活かせば、自動運転や産業用ロボットなど、リアルタイム性の高いAI応用が実現可能になるでしょう。また5Gは多数のIoTデバイスとのシームレスな接続を実現します。AIを搭載したIoTデバイスからのデータ収集が飛躍的に進み、AIoT分野が大きく発展することが期待されています。スマートシティなどの高度なAIoTシステムの構築が現実味を帯びてくるはずです。さらにネットワークスライシングにより、AIアプリケーション専用の高速・安全なネットワークを構築することもできます。

このように5GとAIの融合によって、通信業界では革新的なサービスやビジネスモデルが次々と生み出される可能性があります。例えば、リアルタイムAI分析に基づく予防保全システムや、個別ユーザーにカスタマイズされた高度なサービスプランなどが考えられます。通信業界は今、この融合がもたらす未来の可能性を先駆けて開拓していく重要な時期を迎えているのです。

AI活用の推進により、大きな変革期を迎える通信業界

通信業界におけるAIの活用は、ビッグデータ解析による新たな価値創出と業務効率化をもたらしています。しかし同時に、AIの倫理的課題や人材確保など、解決すべき課題も存在します。今こそ業界が一丸となって、AIの力を最大限に活用しつつ、課題に適切に対処することが求められています。

そして5GとAIの融合により、リアルタイムAI分析に基づく革新的サービスが生み出される未来が待っています。通信業界はAIの潮流を先導し、持続可能な成長を遂げる絶好の機会を迎えているのです。

執筆者について
城 賢一郎
城 賢一郎

AI サクセスディレクター

新卒で大手通信企業に入社。営業職を経て、社内のデジタルツール活用推進組織へ異動。
各種AIツールを活用し、各組織業務の効率化・高度化・高速化を支援、推進。2021年にDataRobotへジョインし、AIサクセスディレクターとして、小売・消費材・食品/通信/サービス業界など幅広いお客様へAI活用推進の支援をリード。

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